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 今回の展覧会DMに掲載させていただいた「梵(そよぎ)」という樹木の枝葉が大きく描かれた絵の印象は、私にとって忘れ難いものとなりました。

 新倉さんの描く植物の絵を見た人から「新倉さんの絵を見ていると本物の草花を見ている感覚になります」という感想を沢山聞いてきました。事実私が新倉さんの絵に惚れたきっかけも、実存する草花が持つ生命感や存在感を作品からリアルに感じられた経験からでした。ですが今回の「梵」に関しては、私が見た印象ではありますが、これまでと何かが大きく異なる感覚でした。描かれた枝葉の力強くリアルな存在感は目を見張るものがありますが、私が今回驚いたのはそれよりも先に「風」を感じたことでした。

 人が絵を見る時にまず入ってくる情報として「何が描かれているか」ということは大きく強い情報になると思います。花が描かれていれば「花」のイメージが先立って見る人には感じられやすいでしょう。ですが今回の「梵」からは線や面で描かれた枝葉の表現よりも先に、直接的には描かれていない「風」を感じたというところが、私の中の印象ではこれまでと違う点でした。それに連なって枝が揺れる動き、葉と葉がこすれる音…そういうものが次々に自分の中で再現され、まるで今ここで本当に風に包まれながら一本の樹木を眺めているような、そんな感覚を強く覚えました。

 絵を前にした際、本当にどこか別の場所へ連れて行かれるような感覚になる体験は稀にあります。錯覚の一種と言われればそれまでですが、個人的には錯覚と呼ぶにはあまりに現実的な体験であることが多いです。絵を見て感じる事柄は見る人の記憶や経験と結びつくことが多いとは思いますが、絵が鍵となって自身の記憶を「思い出す」ともまた違うものがあり、むしろそれは見る人の記憶が鍵となって絵の世界に入っていくと言うほうがしっくりくる気がします。そうやって絵の世界に引き込まれたとき、そこで感じたものは紛れもなく絵の中に広がる「現(うつつ)」ではないか…人によっては笑われてしまいそうな話ですが、私はそう思います。

(2022年7月 新倉章子個展「うつつ」によせて)

 

新倉 章子 -Akiko Niikura-

【経歴】

1961年に東京に生まれる。

早稲田大学大学院文学研究科(哲学)修士課程を修了した後、松林桂月の流れをくむ水墨画家・故原寿美に師事し、書と水墨画を学ぶ。

 

 

【活動経歴】

2007-14年 NHK学園新宿オープンスクールで水墨画の講師を務める

2018年    アートギャラリー閑々居にて初個展(新橋)

      日本水墨画大賞展に野地耕一郎氏の推薦により出品・準大賞受賞※

2019年   アートギャラリー閑々居常設展出品(新橋)

    日貿出版社『付け立てを極める』にて「新倉章子の墨表現」が掲載

2020年    アートギャラリー閑々居にて個展(新橋)

2021年    企画画廊くじらのほねにて個展(西千葉)

2022年 アートギャラリー閑々居にて個展(新橋)

 

 

【その他】

河出書房新社『皆川博子随筆精華 Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』にて装丁画、挿画を担当

(Ⅲは2022年秋刊行予定) 

 

 

 

《日本水墨画大賞展 審査講評》※

松林桂月流の南画(文人画)の流れを継承しながら、宗達流や琳派画風や中国明時代末期の徐渭、八大山人らの水墨表現に学んだハイブリッドな水墨画である。しかし、ただ新規に走らず、古様に親しい風格がとても魅力的な作家であり、作品である。

野地耕一郎(泉屋博古館分館長)

 

 

松林桂月(まつばやしけけいげつ)=明治から昭和期の近代を代表する日本画家・水墨画家。

徐渭(じょい)=中国明代の偉大な文人。書・画・詩・詞・戯曲・散文など多才で知られる。

八大山人(はちだいさんじん)=中国明代末期から清代初期の画家・書家・詩人。

© 企画画廊くじらのほね
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